話題の生物多様性:なんで重要なの?

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By 廣田 充 博士 10月 7, 2010 21:44

話題の生物多様性:なんで重要なの?

“生物多様性”… 最近よく見聞きします。生物学に関わったことのある人にとって馴染み深い言葉ですし、その重要性も良く知られていますが、ここ最近急に一般の人々にも知られるようになったのは以下の二つの理由からかもしれません。一つは、2010年は国際連合(国連)が定めた「国際生物多様性」という年であること。もう一つは、生物多様性に関する重要な国際会議「生物多様性に関するCOP10(こっぷてん)」が今年の10月に日本の愛知県名古屋市で開かれることです。このように世界的にも注目が集まっている生物多様性ですが、なんとなく解っているようで実はきちんと理解されていないキーワードの一つではないでしょうか。そこで、今回はその定義からじっくりと解説していくことにします。

生物多様性(Biodiversity)とは?生き物がつなぐ3つのレベル

1992年に開かれた国連地球サミットで、地球環境保全のための国際的なルールとして生物多様性の保全やその公平な利用に関する取り決め(生物多様性条約)が採択されました。この生物多様性条約の中では、生物多様性を「全ての生物の間に違いがあること」と定義しています。具体的には、生物多様性は3つのレベルでの多様性(生態系の多様性、種の多様性、遺伝子(同じ種の中での個性)の多様性)を含むとしています。

生態系の多様性

ある場所における生き物と温度や光といったいわゆる環境の間の様々な関係の集合を生態系(エコシステム)といいます。この生態系の種類の多様さが「生態系の多様性」です。私たちの身近にも森、畑、水田、ため池、河川など様々な生態系があります。つまり「生態系の多様性」は、このように様々な環境があることと言えます。

種の多様性

写真1.オニグルミの樹上で食事中のニホンリス(長野県上田市菅平高原)

写真1.オニグルミの樹上で食事中のニホンリス(長野県上田市菅平高原)

「種の多様性」とは、生物の種類の多様さのことで、生物の種のリストとして表すことが出来ます。皆さんの周りにもちょっと思い浮かべただけでも多くの生き物が出てくるでしょう。例えば道端のタンポポ、散歩中のイヌ、空を飛ぶチョウ、きれいな花をつける桜...こういった様々な生き物がいることが「種の多様性」です。「種の多様性」には、私たちが肉眼では見ることの出来ない微生物も含まれるので、「種の多様性」を正しく評価するのは簡単ではありません。ちなみに、私たちが住む日本列島は日本列島だけでしか見ることのできない多くの固有種がいるので、「種の多様性」がとても高いという特徴があります。例えば、哺乳類についてみてみましょう。日本列島には陸上で生活するものだけでも非常に多く、ニホンカモシカ、イリオモテヤマネコ、ニホンザル、ニホンリス(写真1)など全39種の固有種が生息していますが、同じような面積の島国のイギリスには固有種が全く見られません。そういう意味では、私たち日本人は「種の多様性」が高いことに気が付かず、その貴重さも感じ難いのかもしれません。

遺伝子(同じ種の中での個性)の多様性

潮干狩りの主役であるアサリを思い出して下さい。その貝殻には様々な模様がありますね。このように、同じ種であっても多様な個性があることが「遺伝子の多様性」です。この夏、皆さんが熱狂したサッカーのワールドカップを思い起してみても、ヒトでも肌、目、髪の色など様々な違いがあるし、一人一人の個性もあることがわかります。これら全てが「遺伝子の多様性」です。同じ種の生物でも異なる遺伝子を持つことによって、環境の変化や病気の蔓延が起こっても絶滅する可能性が低くなることなどが知られています。

生物多様性の恵み?生命と暮らしを支える基盤

私たちヒトを含む地球上で暮らす全ての生き物が「生物多様性」に関わっていることがおわかりいただけたかと思います。単に関わっているだけでなく、全ての生き物、特にヒトは生物多様性から実に多くの恩恵を受けているのです。しかしながら、その事に気づいている人はごくわずかでしょう。

ここで、今日の朝ご飯の際に、食卓に並んでいたモノを思い出してみてください。ご飯(お米)、お味噌汁、卵焼き、ほうれん草のおひたしがあったとします。少なくとも4種類の生き物(稲、大豆、ニワトリ、ホウレンソウ)が関係しているのがわかりますね。ちなみに食べ物になる過程まで考えると、味噌等の発酵食品に欠かせないコウジカビ等やニワトリの飼料となる穀物類もあります。このように、私たちが何気なく口にする食事さえも、生き物の豊富さ=生物多様性に支えられているのです。食事だけではなく私たちの生活に欠かせない様々なモノが生物多様性に支えられています。意外に思われるかもしれませんが、医薬品もその一つです。世界で最初に発見された抗生物質(ペニシリン)は、青カビの一種が作り出していますし、その後も様々な生き物に関係する物質が医薬品として利用されています。もっと言うと、このようにヒトが直接的に利用するものだけではなく、水や酸素、あるいは二酸化炭素といった物質の循環や、気温や湿度といった環境の調節にいたるまで生物多様性が深く関わっているのです。これらを考えると、生物多様性は地球上の生命と暮らしを支える基盤といえます。

生物多様性の現状~進行する3つの危機

表1

表1

今まで述べてきたように、私たちを含む生き物は生物多様性の恩恵を受けています。生物多様性なしには現在のような生き方は出来ませんし、最悪の場合は絶滅してしまうこともあるでしょう。したがって、生物多様性の認識、さらにそれを維持することがとても大切です。しかし今日の地球上では、残念なことに多くの種が絶滅の危機に瀕しており、その結果、地球規模で生物多様性が失われつつあります。国際自然保護連合(IUCN)の最新の報告によると、現在1年間におよそ4万種もの生き物が絶滅しつつあると推測されています。表1は、IUCNによる報告の一部ですが、特に植物や昆虫で絶滅する種が多い可能性が指摘されています。これは地球の長い歴史においても極めて大きい数字で、6度目の大絶滅時代といわれています。しかもその主な原因は、他ならぬ我々ヒトの活動だと言われているのです。最初に述べた生物多様性条約もそうですが、1990年代以降に生物多様性の保全やその管理に向けた取り組みが世界中で活発化したのは、このような背景もあります。

写真2.中部山岳地域の雪深い地域に典型的な集落(岐阜県白川村)。かつて日本ではこのように住居や燃料として周辺の植物を利用していた。写真提供 藤嶽 暢英氏

写真2.中部山岳地域の雪深い地域に典型的な集落(岐阜県白川村)。かつて日本ではこのように住居や燃料として周辺の植物を利用していた。写真提供 藤嶽 暢英氏

今日の生物多様性の損失すなわち種の絶滅につながるヒトの活動には、三つあるとされています。一つ目は、土地開発等による生育・生息地の減少、破壊、および環境の悪化です。二つ目は、一つ目とは逆に自然に対するヒトの働きかけが減少することによる影響です(写真2)。生き物の中には、他の生き物の生活に依存した生き方をする生き物もいます。日本では、燃料や住居の材料を得るために利用していた里地や里山を生活の場としていた生き物が多くいます。ところが、ヒトがこういった里地や里山を利用しなくなった結果、そのような環境に依存していた生き物が絶滅の危機に瀕しているのです。

三つ目は、もともとその地域に存在しなかった種(外来種)や化学物質などをヒトが持ち込むことによって生態系を撹乱してしまうことです。皆さんも外来種のブラックバスやアライグマ等が固有種を食べたり、生育・生息場所、あるいは餌を奪うといったニュースを聞いたことがあるかもしれません。こういった外来種の生態系の撹乱に加えて、動植物に対して毒性をもつ化学物質による生態系の撹乱も、生物多様性に大きな影響を与えると考えられています。

最後に述べたように、生物多様性の損失や種の絶滅は確かに進行していると言えます。ですので、生物多様性の維持や絶滅の危機に瀕した種の保全は緊急の課題です。しかしそれだけでなく、生物多様性の現状、生物と生物の相互関係、あるいは生物多様性の恩恵などについて、正しく認識していくことがとても重要だと感じています。豊かな環境には様々な生物が生育できる、私もそう思いますが豊かでない環境にも様々な生物がいますし、そういった環境でしか生きていけない生物もいるでしょう。私はそういった基本的なところからきちんと理解していきたいと考えています。

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By 廣田 充 博士 10月 7, 2010 21:44
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