藻類が世界を変える

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By 尾嶋 好美 1月 14, 2011 15:28

100分の1ミリの微生物が世界を変えるかもしれない。その微生物の名は「オーランチオキトリウム」。

渡邉 信 教授(写真:マット・ウッド)

渡邉 信 教授(写真:マット・ウッド)

筑波大学は東京教育大学時代から藻類の研究が盛んであった。現在も藻類の分類・培養・解析などのプロフェッショナルが集結し、日本の藻類研究をリードしている。そのような中、渡邉信先生の率いるCREST藻類エネルギー技術開発プロジェクトチームは国内外から脚光を浴びている。

 

藻類からオイルを採る?

化石燃料である石油は、いずれ枯渇する。「工業的レベルで石油を作り出すこ と」は、21世紀を生きる私たちにとって切迫した課題なのである。

大豆やトウモロコシといった陸上植物から油をとり、燃料とすることはすでに実 用化されている。しかしながら、本来食糧生産のために使っていた耕地で燃料用 の作物を育てるため、食糧価格が高騰すると言った問題が生じている。また陸上 植物のオイル生産能力は1ヘクタール当たり年間0.2-6tと決して高くない。

藻類からオイルができるということは、一般的にはそれほど知られていない。オ イルは水よりも軽いため、水面に浮きやすくなり、太陽の光を浴びやすくなる。 また藻類自身のエネルギーにもしやすい。山の中にある沼や田んぼなどに油が浮 いているのを見たことはないだろうか?あれは、油が流れ込んだものではなく、 そこにいる藻類が作りだした油なのだ。現在使われている石油も、そもそもは藻 類が作りだしていたものだと言われている。現在までオイルをつくる出す藻類は 数十種類知られている。藻類のオイル生産能力は1ヘクタール当たり年間40- 140tと非常に高い。そのため、藻類からオイルを採取するという研究は1980年 代から始められてはいた。しかし、試験管内では簡単に培養させることのできる 藻類でも、工業的に培養するとなると他の微生物がたくさん増えてしまう、培養 速度が遅くなるといった問題が生じる。その結果、藻類からの工業的オイル生産 は難しく、世界各国で生産効率を上げるための研究が続けられてきた。

女神がほほ笑む

渡邉信先生のチームではボトリオコッカスという藻類によるオイル生産の研究を進めていた。ボトリオコッカスはオイル生成能力が高く、オイル含量は乾燥重量の75%に達することもあるほどである。また、産生するオイルは重油に相当する炭化水素であり、使い道が広い。しかしながら、ボトリオコッカスは培養に時間がかかり、コストが1Lあたり800円程度となってしまい、1Lあたり50円程度の重油とは比べ物にならない。

渡邉先生は数十年にわたって、藻類を研究してきた。今まで何百もの藻類を採集、分析してきた。2009年に沖縄の海から採集してきた藻類200株のうちの一つが、「オーランチオキトリウム」である。
「サイエンスと言うのは理屈を積み重ねていく話と偶然性・ひらめきによる場合があるよね。自然界でのスクリーニングは、理屈の世界ではない。この辺に行って、このへんならなんとかなるんじゃないの?というひらめきが大切。一生懸命頑張っていると、天の女神が微笑んでくれる時があるんだよね。今回は天の女神が僕に微笑んでくれた。」

オーランチオキトリウムはなにがすごいのか?

オーランチオキトリウムのすごさはその増殖スピードにある。「オーランチオキトリウムの倍加時間は10℃で11.96時間、20℃で4.2時間、30℃だと2.1時間。ボトリオコッカスと比べるとオイル生成量は3分の1と少ないのだけれども、36倍の速さで増殖するからね。オイル生産効率は単純計算でボトリオコッカスの12倍となるわけです。生産効率を一桁あげるということが現実的になったということ。」

Fig 1. オーランチオキトリウムによるオイルの連続生産システムが可能となれば、霞ヶ浦程度の広さ(2万ha)で日本全体の石油必要量を賄うことが可能となる

Fig 1. オーランチオキトリウムによるオイルの連続生産システムが可能となれば、霞ヶ浦程度の広さ(2万ha)で日本全体の石油必要量を賄うことが可能となる

では、オーランチオキトリウムを利用すると具体的にどのくらいのオイル生産が可能となるのか?1haの広さに深さ1mの培養装置を作ったとしよう。4日ごとに収穫していくとすると、年間約1,000tのオイルがとれることになる。倍加時間を4時間として4時間ごとに67%を収穫し、同量の新鮮培養液を継ぎ足すという連続生産システムにすれば年間1万トン以上のオイルがとれることになる。

 

現在日本が輸入している石油量は約1.9億t。連続生産システムを利用すると、2万haあれば2億tの石油生産が可能となる。2万ha(200平方キロメートル)は霞ヶ浦の面積(220平方キロメートル)とほぼ等しい。平成20年度農林水産省の「耕作放棄地に関する現地調査」によれば、全国で28.4万haの耕作放棄地が存在する。そのうちの10%をオーランチオキトリウムの連続生産システムの用地として利用すれば、日本の石油必要量は賄われる計算となり、石油輸入国家から石油輸出国家に転換することも可能となる。

一石二鳥のオイル生産

ボトリオコッカスなど多くの藻類は太陽光を利用して光合成を行う藻類である。一方、オーランチオキトリウムは周りにある有機物を取り込む従属栄養藻類であり、太陽光は必要としない。

オーランチオキトリウムの培養にあたって、実験室内ではグルコース(ブドウ糖)を使用しているが、工業的利用を考えた場合には、グルコースではコストが高すぎる。「有機排水の処理にはどの国でも困っている。この有機排水を、培養に使うことを考えている」と渡邉先生は言う。

Fig 2. 下水等の有機排水は通常、活性汚泥というバクテリアの塊を投入して、浄化処理を行っている。活性汚泥の代わりにオーランチオキトリウムを投入すれば、オーランチオキトリウムは有機排水中の溶存有機物を使って、オイルを生産する。

Fig 2. 下水等の有機排水は通常、活性汚泥というバクテリアの塊を投入して、浄化処理を行っている。活性汚泥の代わりにオーランチオキトリウムを投入すれば、オーランチオキトリウムは有機排水中の溶存有機物を使って、オイルを生産する。

下水等の有機排水は通常、活性汚泥というバクテリアの塊を投入して、浄化処理を行っている。活性汚泥の代わりにオーランチオキトリウムを投入すれば、オーランチオキトリウムは有機排水中の溶存有機物を使って、オイルを生産する。

オーランチオキトリウムによって処理された二次処理水は窒素とリンが大量に残っている。これをこのまま排水してしまうと、水域の富栄養化が起きてしまう。ここで活用するのが、ボトリオコッカスである。ボトリオコッカスは培養時に窒素とリンを必要とする。二次処理水にボトリオコッカスを投入すれば、窒素とリンを取り込み、オイルを生産するようになる。

オイルを採集した後のオーランチオキトリウムやボトリオコッカスは動物の飼料することもできるし、メタン発酵に利用することもできる。

本当に石油の代わりとして使えるのか?

石油は燃料として使われるだけではなく、プラスチックなど化学製品の原料ともなっている。オーランチオキトリウムやボトリオコッカスが作りだすオイルは本当に石油の代わりに使えるのだろうか?

「オーランチオキトリウムが作りだすのはスクアレンというオイル。ボトリオコッカスが作りだすのはボトリオコッセンというオイル。いずれもトリテルペノイドに属するオイルであり、容易に燃料化することが可能です。また既存の石油会社が持っている技術を利用すれば、バイオポリマーをはじめとする化学製品の原料にすることもできます。
また現在、化粧品や健康食品とて使われているスクアレンは深海鮫から採っていますが、深海鮫は絶滅危惧種になっているものも多く、いずれ採ることが難しくなるでしょう。オーランチオキトリウムはスクアレンの供給源としても使えるのです。」

明るい未来へ

オーランチオキトリウムによるオイル生産は実用化されるのか?されるとしたら何年後なのか?
渡邉先生は10年をめどに考えている。「10年以内に実用化できないと、世界が持たない。ただし、実用化にあたっては、スケールが大きい実験が必要。実験室内ではなく、プラントレベルでの実験を行い、コストの計算をしなければなりません。それには予算も、人手もかかります。日本はどこまで投資する気があるのか?そこが一番の問題です。」
今の私たちの生活は液体燃料なしに成り立たない。液体燃料=エネルギーの確保は国家の根幹なのである。
「アメリカはエネルギーが国を守るという考えが非常にクリアです。そのための技術革新に対して国としてお金をつぎ込んでいる。日本はどうか?そこまでの危機感はあるのだろうか?」
アメリカは藻類エネルギープロジェクトに軍も関与しているため全貌は不明であるが、わかっているだけで1500億円相当を投資しているという。一方、日本では藻類エネルギ?プロジェクトに投資している金額は数十億円に過ぎない。それでも渡邉先生は日本でこの研究を進めることにこだわる。
「ここまでの研究は日本の税金で行われてきました。日本の皆さんに還元しなければなりません。そして、藻類からオイルを作りだす技術は日本だけではなく、世界全体を救うために必要です。技術で社会をいい意味で変える。これがイノベーションです。ほら吹き扱いもされていますが、私は日本を石油輸出国にしてみせますよ!」

世界のパワーバランスを変えうる日本発のイノベーション。
日本の将来は明るいのかもしれない。

 

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By 尾嶋 好美 1月 14, 2011 15:28
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